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leaves

10 07, 2011 | 雑記

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すこしほっておいただけなのに、すぐに広告がはいってしまうのね。

それにしても、机に向かって一人で問題をといているとスマートな解法も思いつくのだけれど、試験となるとなかなか出てこない。
これじゃあなんのアドバンテージも持てないじゃないか。


「自分探し」っていったいなんのことを言っているのか最近までわからなかった。
ひとによって多少のずれはあるようだけれど、確実さとか正しい選択とかを追い求めてしまいそれが得られず苦悩するという、若者が陥りがちな状況のことを指すようだ。
よく自分探しの旅にでるとかいう言い回しを聞くので、それが邪魔してなかなか「自分探し」がなにを表す言葉なのか理解するのに時間がかかったのだとおもう。僕もこの状況に陥っていたわけだけれど、旅に出ようなんていう発想はまったく浮かばなかったから、自分のこれは別の物だと思ってしまっていたのだった。
苦悶するなかで面倒くさくなって、何度か死んでみようかなと思ったことがある。旅に出るタイプの人にとって、旅は僕にとっての自殺に代わるようなものではないかと思う。考えるのに嫌気がさして飛び出すのだ。
旅から帰ったひとはなにかすっきりしたようすで視野が広がったとかこんな狭いところにとどまっていてはダメだとか言ってまわる。しかし、彼らに多く見られる傾向として、その後は定期的に旅にでないと気が済まなくなるようなのだ。父もそれだ。たぶん旅行は麻薬てきなところがあって、癖になる。そしてそれは現実に抱えているものを一時的にはぐらかしてくれるだけなのだ。問題が解決したわけではない。
この息苦しい状況から救い出してくれるのは外からの圧力である。圧力とは、例えば受験だとか食ってかなきゃならないとかのことである。
エンデの短篇に自由の牢獄というのがあって、その作品のなかでは、男が無数の扉のある部屋でどれを開けるか迷うあまりにどの扉も開けられない。
一度切りの人生なわけで、誰でも失敗などしたくはない。だから正しいものを選びたいのだけれど、扉は把握しきれないほどあって、どれが正しいのかなんてわからない。どれを選ぶにしてもどこかすっきりしない。この状態が「自分探し」だ。ふつうの社会に生きていれば、受験だ就職だと尻を叩かれとっとと進路を決めさせられる。追い立てられてどこかの扉を開けるのだ。そして「自分探し」が終わる。
疑いえる世界に選択肢は考ええるだけある。生きていくうえでは決断しなければならない。他の選択を切り捨て、煮えきらない思いを飲み込んで。

とこれで、これは本当に良い事なのだろうか。
もちろん、ふつうの社会に参加するには何者かである必要があるし、この息苦しい状態から引き上げてくれるのだと思えばありがたい。しかし、もし進路の選択を社会から迫られなかったとしたら、そもそも「自分探し」などしただろうか、とも思うのである。





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