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10 10, 2009 | 雑記

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今日NHKやっていたサイエンスZEROを観た。

コメンテーターの黒崎という哲学者の発言に違和感を覚えた。
デカルト的な我と人間の本質を混同しているようである。実際に彼がそのような誤った考え方をしていると思うのは早合点かもしれないが、少なくともそう思われるような発言をしたのは確かであり問題がある。
人間一般と私には相当な落差があるのだ。
ダーウィンの進化論が登場したからといって、デカルトの言う我がその存在の確かさを失うことはあり得ない。我と人とは本質的に別物である。

なぜこの番組を観たかというと、ロボット工学と絡めているようなことが新聞に書いてあったので、石黒浩や瀬名秀明が出るのではないかと思ったのである。
予想通り石黒浩が出演していた。学者ばかりで瀬名秀明はいなかったが。

(石黒浩と瀬名秀明は僕が思想的に共感を抱くそれぞれロボット工学者と小説家である)

面白かったことがある。石黒と黒崎との対談だ。意見がぶつかる。
石黒がロボットは心を持ちうると言ったのを黒崎が否定したのだ。
心という実体のないものを持っているかどうかわかるのは自分自身に対してだけである。人間(他者)に心があるかどうかというのは私にとってそのように感じられるかどうかということなのだ。
だが、他者に心があることを我々は(普通は)認めている。
ならば、同様にして、ロボットが心のあるようにふるまうとき、心があることを認めてもよいのではないか。
これが石黒の主張だろう。これに対する黒崎の主張は石黒がどう思っていようと心に実体がない以上、その有無は社会の承認にかかっている。だが、社会はそれを認めないだろう。
とのことだ。
この議論には視点のズレがある。石黒は社会ではなく主観的にどうかという話をしている。(何せ重要なのは主観である。)
黒崎は社会単位でみている。(正しさとは普遍性なのだから、皆が認めなければ。)

私が先か世界が先か。

この議論に丁度良い物を今日、古本屋で見つけた。
以前にも書いた攻殻機動隊だ。
マンガを自分で買ったのはおそらく初めてである。
八十八円だった。

勿論、議論に決着はつかない。


補足
彼らは今回ここまで語っていない。テレビなので編集もかかっている。
なので、ここに書いたことの大部分は僕が勝手に補った物である。だから、本人達が本当にそのような考え方をしているのか、またこの議論のズレの根元にあるだろうとした問題も僕の推測であり、甚だ怪しいものである。その点をご理解いただきたい。
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