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方針

12 22, 2009 | 雑記

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人生も後半に差し掛かれば多くの場合自分の人生について語りたがるものである。
聞いてくれそうな若い人を捕まえては語りだす。

聞いていると、凡も非凡も、何もない人生というものは案外少ないのだと気が付く。無論、何かあったことを語っているので何もないという話などしようもないわけだが、どれにもみずみずしさがあるのだ。



彼らの語るは物語ではない。
物語というにはあまりに断片的だ。聞き手に追体験させようとするものではない。物語とするには途切れた部分や、欠損が多すぎる。

僕がその語りについて書くとき、物語にはしないだろう。
補ってしまえば、それは語りというリアルを欠くから。


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