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こてふのゆめ

02 16, 2010 | 雑記

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物化と謂って、すべては絶え間なく変化していく。僕らもまたその大きな流れの一部であり、それそのものである。
生きているものは皆死んでいく。どんなに強く思っていたとしても、ふと覚めてしまうこともある。
変化することが虚しいだとか不安だからといって指針とすべく、不変の善悪だとか生きる意味などを求めたとしても、それはそんなものが在りはしないということを再確認するばかりである。

僕は嘗て確かな生きる指針を欲した。これは「何のために生きるのか」だとかいう問の形をして表された。僕はその答えを理屈に求めたり、感情に求めたりした。だが、理屈はどのようであるかについて答えることはできてもどうすべきかについては完全に無力であったし、感情は日ごとに変わってしまい、指針とはならなかった。

僕らの感情も思想も価値観もその流れの一部なのだ。
自ら生まれる環境を選ぶこともできなければ、才能を選ぶこともできない。自ら苦しんでいるわけでも、喜んでいるわけでもない。
僕らにできることは確かな指針など無いということを受け入れ、つまり無為に、この瞬間を好きなように生きるということのみである。

このことは考える以前にすべての人が実践していることである。
否応無く人々は既にその環境や身体を受け入れているのであり、その中で好きなように判断し生きている。故に上に述べた考えは、他の多くの贋物の指針などでは断じてない。また、指針でもない。何も強制することは無い。
ただ、これを知っていることで、少しは安心して死ねるというだけのものである。



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