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孤独と人生

07 03, 2010 | 雑記

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僕はまだ人生を語るような歳ではない。
かといって、明日死んでしまう可能性が無いわけではないので、もしそうだとしたら僕はこの人生の殆どを生きたことになるではないか。
若くして死んでいった天才たちに、彼らは人生に於いて熟達していたとは思われないが、さもそうであるかのように彼らの残した作品から大の大人たちが人生のヒントを探そうとしていたりするわけだ。
僕は天才ではないが、語ったところで誰が困るわけでない。


でも、語らない。





日記をつけても、僕はそれを読み返す趣味は無いので、つけようとは思わない。
世の中にはいろいろな人がいて、卒業アルバムなんかを、他人の卒業した学校のものまで熱心に読みまくる奴もいる。A君のことだ。
僕にはとうてい彼の心は知れないので、そんな彼の趣味を少しからかったようなことを言ったりもする。悪いとは思わない。それが彼の趣味なら、それをからかうのは僕の趣味だ。
僕は卒業アルバムをわざわざ開いてみたりはしない。そこに写っているのは過去の人であり、過去の馴れ合いを懐かしんだり、後悔したり、欲したりするのは今の僕にとっては毒としか思えない。
孤独というのは更なる孤独を志向するという性質がある。これは僕の浅い人生での経験則なので、確かなこととは言えないが、長く孤独に浸った人は確固として孤独を肯定しているし、無駄な馴れ合いを避けているようである。
現に僕も寄ってくる他人を突き放したいというまでではないが、壁を作りたくなる。
依然通っていた高校では馴れ合いを一生懸命に拒絶する自分を感じた。小学校のときから転校することも人より多かったが、こんなふうに感じたのは初めてだった。


そして僕は人を避ける行為を正当化する論理を積み上げ始める。
論理というのは、目的をもって組み立てられるものであるため、俗世とは無縁にさえ思える哲学の理論さえも時代の政治的な背景に大きく影響されて、その必要に迫られて生み出されているわけである。












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