マリーちゃん(粘菌)は光に当て続けると変身する。秘密のアッコちゃん(偶像的女の子)と同じような芸である。
ということで、変形菌は光を当て続けると低速ではあるけれど、アッコちゃんの様にテクマクマヤコンと変身するらしい。ばらけていたのが寄り集まってニョキニョキとキノコのようなものをつくりその先端を爆発させて胞子を飛ばすらしい。
(確か、ナウシカの漫画版でも特大の粘菌が寄り集まってニョキニョキするシーンがあったような気がする。)
中勘助の「銀の匙」の最初のほうを読んでいたら「・・・・倶梨伽羅紋紋の男たちが犢鼻褌ひとつの向う鉢巻で・・・・」と書いてあった。倶梨伽羅紋紋(クリカラモンモン)?本の最後に注があったのでよんでみると「背中に施した倶梨伽羅竜王の模様のいれずみ。また、そのいれずみをした勇みはだの人のことをいう。」とある。ヤクザ者のことであった。
さらに、倶梨伽羅竜王について広辞苑でひいてみると「不動明王の変化身で竜王の一種。形像は、磐石の上に立って剣に巻きついた黒竜が剣を呑む姿を示し、火焔に覆われる。不動明王の持物の利剣と羂索(けんさく)とを合したもの、またその種子の形をいう。」だそうだ。何だかよくわからなかった。なので、さらに、さらに、調べていった。(普通に紙の広辞苑を使っていたならこんなことをする気は到底起こらないが、最近電子辞書を購入したのですいすいと調べられる。)
きりがないので中略。
そのうちに、「ウパニシャッド」というものにつきあたった。漢字で書くと「優婆尼沙土」。これはインド古代の宗教書らしい。ヴェーダ文献の末尾であり、奥義書などとも言われる。「宇宙の根本原理(ブラフマン)と個人の自我(アートマン)の一致(梵我一如)などを説き、のちのインド哲学の源流となった」ものである。
「宇宙」と「私」がつながっているとか、同一であるとかいう話は哲学っぽい本を読んでいるとよく出てくる。これをインド的というか、仏教的というか、バラモン的には梵我一如(ぼんがいちにょ)というらしい。僕は本に出てくるたび考えていたがどうも上手く理解できないでいる。
梵我一如について調べると驚くことに、これを直感すると輪廻を超越し、永遠の至福に到達できるのだそうである。
お〜。
輪廻を超越っていうのはダライラマみたいなことかな、と思う。まぁ、そのうち辞書を引きまくるのではなくて、ちゃんと勉強しようと思う。
今日は、辞書な一日であった。
―――編集後談―――
人格A:「いや〜。今回は読む人を選ぶね。」
人格B:「そうですかぁ?いつもと変わらない気がするけど。」
人格A:「いつもと違うよ〜。なんか北海道くさいよね。」
人格B:「北海道くさい?そうですかぁ?」
人格A:「うん。北海道くさい。 きっとこれは別な地方の人には全然つまらないよ。面白い、面白くないっていうのは土地によって変わってくるよ。吉本の舞台を俺たちが観たってあんまり笑えないじゃない。」
人格B:「あぁ〜。なるほど。そうかもです。 でも、それは今回に限ったことじゃないじゃないですか。」
人格A:「ん〜。まぁ、そうだね。」
人格B:「さっきは『今回は』って言ってたのに。」
人格A:「そんなこといってた? まぁ、それは禿げたオヤジの頭を叩いて、この音は頭から出たかそれとも手から出たかっていうようなものでしょう。」
人格B:「何ですかそれは。 わけわからんです。」
人格A:「ふん。 君みたいな下等なヤツには到底理解できないだろうさ。(笑)」



