思い出話 1
その教室へ、野球部の眉毛の綺麗になくなっている筋肉質な顔見知り達が入ってきた。一人は一つ下の学年の生徒で後は同じ三年生である。
どうやら、その後輩と喧嘩になったらしく、その決着をつけようとしているようだ。この野球部員達は妙に熱心に一般道徳を信奉しており、当然話し合いである。
しかし、ここは三年生の教室であり、二年生の後輩にとってはいづらい場所である。これはフェアじゃない
。それに合唱の練習のため人が集まっているので、彼らはすぐ面白がって囲むのである。どうせ合唱の練習どころでもないし、僕も野次馬に加わった。
後輩の彼は場のプレッシャーからなのか、野球部の彼らに話は通じないと思ったからか、すぐに折れて教室を出ようとした。それを一応野球部のそういう連中のまとめ役をしているH君が話し合いが十分でないと思ったらしくひき止めようとした。僕はこれ以上ここで続けるとその後輩をいじめているようなものだと思い、H君の腕を掴んで抑えたのだった。
これにH君は反発。軽いつかみ合いになった末、向かい合って話し合うということになった。
H君の言い分はこうである。腕を掴むなんて暴力はよくないだろう。
初めのうちは、三年生の教室に後輩を連れてくるのはおかしいと、思っていた通りのことを話していたが、H君の怒りは「腕を掴むという暴力」のみにあるので争点があわず、かつ冷静さをお互い失っているので議論はまったく進まない。H君は僕の言うことなどまるで理解できない。
僕は腕を掴むことを暴力とは思わない。それに後輩を自分の学年の教室に連れてきて話をつけるなんて非常識なことをする奴が、腕を掴む程度の暴力で道徳をかざして抗議するということが物凄くはら
だたしかった。僕はこのとき一般道徳を疑いまくっていて、それ自体信用していなかった。それもあり、意見の方向を大きく変えて、善悪の判断はそう簡単につくものではないということを説こうとした。こんなことを話し出したのは、H君を止めた僕自身が道徳に従って動いたことへの動揺を落ち着かせるために、自分への確認という意味があったように思う。これが間違いだった。
当然である。彼にはいい訳、あるいは議論の軸をづらしてうやむやにしようとしているようにしか見えなかったのだろう。
どんどんグチャグチャになっていく。
あまりに話が通じないことに面倒くさくなった僕が折れることでその場は収まった。
H君はその後、僕がいかにおかしな間抜けであるかということを言いふらしていた。頭に来たが、議論で折れた僕は言いかえせない。このとき、友人のお前は間違っていないという言葉がどれだけ助けになったか。
その後、この問題はとある間抜けが僕がうっかり漏らした悪口をH君に報告したことにより再燃。
ちょうどこのとき、原因である後輩とのトラブルの解決をしようと動いていた先生方にこちらの問題も発見され、H君と僕の間に入って貰い静かに解決された。



