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悲しんだってしょうがない。誰かが励ましてくれるわけじゃないんだから。

06 18, 2009 | 雑記

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バスや道端で制服を着た高校生達を見かけると、妙な虚しさがこみ上げる。
彼らに置いていかれたような、或いは随分と自分だけ年をとってしまったような気がするのだ。
ふと気がつくと、懐かしむような目で彼らを眺めている。
どうしてこうなったのかは知らない。

生命とは、何か。
これは、DNAだとか。細胞でできているだとか。そういった話ではない。
それらのことを知る前に、生命という、生きているという概念を僕らは持っていた。
トルストイによれば、僕らは何かに意志や意識のようなものを見出したとき、それを生命だという。アリでも象でも、何か心のようなものを持っていると感じ、それを生命と呼ぶ。(爆笑問題の太田は心のようなものを持っていると感じることを擬人化と言っていた。)
しかし、それに本当に魂が、心が、命がある、ということは断言できない。僕らはその行動から勝手に命があると推測しているのに過ぎないのだ。
これは「他人」というものに対しても言える。確かに心があり、「思っている」と確信できるのは自分だけである。他人もそうだとは限らないのだ。
実は他人はいないかもしれない。

逆に、意識があるように振舞うコンピュータ・プログラムは、意識があるように感じるのならば、他人と同じレベルでその生命を認めなければならないのではないか。

命は孤独だと思う。
決して、直接触れ合うことはない。
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« PCの音でない。 なし »

- Comments
2 Comments

 でも触れ合ってる体で生きなきゃいけないのが嫌ですね。僕意識って邪魔でしょうがない。

 あれ?愚痴っぽくなってしまった。

by 殺人坂硝子 | 06 24, 2009 - URL [ edit ]

>>殺人坂硝子さん
意識が邪魔って。(笑
自殺願望な人みたいですよ。さすが鬱状態ですね。
邪魔だと思える「意識」は本物の『意識』じゃありません。主観は認識できません。
言葉遊びでした。

by R.ogawa | 06 24, 2009 - URL [ edit ]

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